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支石墓採石場

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支石墓採石場

層理が発達した凝灰岩

支石墓に使われた石材としては堆積岩系統の凝灰岩と安山岩が確認されている.和順支石墓が分布する和順大薪里と孝山里地域の岩石はデイサイト質凝灰岩と安山岩で、凝灰岩には層理と流動構造が発達しており、春陽面大薪里採石場で観察される流紋岩質凝灰岩で発達する節理は層理面にほぼ平行や低角度の傾斜を持つ.安山岩は特徴的に柱状節理の発達が顕著で、その傾斜角は垂直や70゜以上のものも観察される.この岩石は規模が大きい長方形や直方体形の支石墓の上石として頻繁に採石されたのであろう.

庭岩採石場

庭岩は庭のように広いことから庭岩と名付けられ、和順支石墓の築造に利用された採石場である.支石墓が分布する上側のあちこちに山の中腹に沿って節理が発達した流紋岩質凝灰岩の岩盤が露出している.これらの岩盤は支石墓の上石を採石するうえで天恵の地形条件を持っている.

官庁岩採石場

官庁岩採石場は乾芝山の南側中腹に重なった石材の形で絶壁をなしている.その周辺に多くの岩が散在しているが、これらは全て支石墓の上石として使用できるものである.口伝によると、「ある日、宝城郡守が羅州牧使を訪問するために峠(宝剣峠)を越えて来て、この岩付近でしばらく休んでいたところ、ちょうど現地のある農民が訴状を出すと郡守が直ちに処理してくれたという.そのことから官庁岩と呼ぶようになった」という.

カムテバウィ採石場

カムテバウィ採石場は冠をかぶった人の姿のように見えることからカムテ(笠、帽子)バウィと名付けられた.上石を採石するために孔を掘った痕跡と上石を採石して岩壁の隣に斜めに立てかけておいたものもある.カムテバウィの前から紡錘車、無文土器など青銅器時代の遺物と三国、高麗、朝鮮時代にいたる土器と磁器が発見された.これはカムテバウィが長い間人々が願いを祈る民間信仰の対象として利用されてきたことを示す.